2026/09/17 20:16
月曜日、友達と会った。 久しぶりに会う友達で、彼は10日間の旅から帰ってきたばかりだった。お互いに話したいことがたくさんあった。 「ちょっとコーヒー飲みながらキャッチアップしよう」 そのくらいのつもりだった。 1時間くらい近況を話して、人生の話をして、じゃあまたね、と帰るつもりだった。 でも、気づいたら3時間経っていた。 お互いの旅の話をして、そこで感じたことや、学んだこと、最近変わったことを話して。そこから、今考えていることや、楽しみにしていること、まだうまく言葉にできていないことまで、いろんな話をした。 そのままランチに。3時間も経っていたのに、どちらもそんなに時間が経った感覚がなかった。 会話を続けようと頑張っていたわけでもない。「今日は深い話をしよう」なんて決めていたわけでもない。ただ、お互いのことに興味があって、出てきた話をそのまま追いかけていたら、自然と深いところまでたどり着いていた。 そして不思議なことに、その3時間で私は疲れるどころか、ものすごく元気になっていた。 身体が軽くて、頭もすっきりしていて、なんだか完全にスイッチが入ったような感覚。 そのあと、サーフィンに直行。気づけば3時間、海に入っていた。 波が楽しかったのもあるけれど、とにかくエネルギーがあって、全然疲れなかった。 だから彼にメッセージを送った、 ”エネルギーが有り余って3時間もサーフィンしてた! ”それって一番嬉しい言葉。毎回Mikiには色々と考えさせられるよ。” 私たちの間でこんなやり取りは当たり前。 家に帰って、空の色が少しずつ変わっていく夕日を見ながら、「今日、いい日だったな〜」って心から思った。 そして、まだエネルギーが残っていたから、夜10時まで仕事をした。そんな一日だった。 いい会話がエネルギーをくれて、海がエネルギーをくれて、身体を動かすことがエネルギーをくれて、太陽がエネルギーをくれて、美味しいごはんがエネルギーをくれて、そこでもらったエネルギーが、そのままインスピレーションや、やる気や、クリエイティビティに変わっていった。 その夜、ふと思った。 自分にエネルギーを与えてくれるものを、ちゃんと知っておくことって大事。 そして同じくらい、何が自分のエネルギーを奪っているのかを知ることも。 私たちは「エネルギー」という言葉を、けっこう曖昧に使っていると思う。 「あの人、いいエネルギー持ってるよね」「あの人といると、なんか疲れる」、そんな風に。 でも最近、それが少しずつ具体的にわかるようになってきた。一緒にいるだけで、帰ったあとにぐったりする人もいる。反対に、何時間一緒にいても、去る頃にはむしろ元気になっている人もいる。 私にとって、彼は後者。 彼には、私の一番いい部分を自然に引き出してくれるところがある。しかも、本人はそんなことをしようとしていない。 彼と話していると、頭の中がほどけていく。 私はたぶん、考えすぎる。そして、感じすぎる。それが私の長所にもなり短所にもなり得る。頭の中にいろんなことが同時に浮かんでいて、自分でも何から考えればいいのかわからなくなることがある。 疲れているときや、人生のどこか一部に不安があるとき、私は全部を一気に考えようとしてしまうことに気づいた。頭の中にタブを何十個も開いているみたいに、全然関係ない決断や考えの間を飛び回っている。 いい例が、この間の夜。雑誌を作っていて、気づいたら夜中の12時になっていた。始まりは「このフォント、大きさこれで大丈夫かな?」だった。それが「そもそも誰がこれを読むんだろう」「ターゲット読者、ちゃんと決めた方がいいのかな」になって、気づいたら恋愛の話に飛んでいた。「私たち、この先どうなるんだろう。彼は今、何を考えているんだろう」。そして最終的に着地したのは、「肉より魚を食べる生活にした方がいいのかな」だった。 さすがに自分で笑ってしまった。 だから、私は書くことが好き。頭の中に浮かんでいるものを、とりあえず全部外に出す。紙の上に並べてみる。そうすると、少しずつ絡まっていたものがほどけて、何を考えていたのかが見えてくる。 彼と話していると、それと少し似たことが起こる。 私はとりあえず全部話す。彼は聞いてくれる。そしていつの間にか、自分の考えが整理されている。答えをもらったわけじゃない。何かを教えてもらったわけでもない。ただ、自分の考えていることを、もう一度ちゃんと自分で聞けるようになる。 それだけで、すごく軽くなる。 そんなことを考えていたら、「私は、どんな人たちと一緒にいたいんだろう」と、改めて思った。 無理をしなくていい人。何かを演じなくていい人。自分をよく見せようとしなくていい人。髪が濡れたまま、サロンとビキニ姿で、スクーターにサーフボードを積んだままディナーに現れても、何も言わずにいてくれる人。ただその人自身でいてくれて、なぜか一緒にいると、私ももっと自分らしくなれる人。 お互いの考えに興味を持てる。お互いの情熱に興味を持てる。深い話をしようと頑張らなくても、自然と深いところまで行ける。気づいたら時間がなくなっている。 そして別れたあと、「楽しかった」だけじゃなくて、「なんか、すごく元気になった」と思える。 私は、そういうつながりが自分の人生にあることを、本当にありがたいと思う。 ただ幸せな気持ちになるだけじゃない、自分の中の何かにスイッチが入る。 その違いって、結構大きい。 そして、もうひとつ面白いことに気づいた。 私は普段、人の話を聞くことが多い。質問をして、その人が本当に言いたいことを一緒に探したり。言葉の奥にあるものを見つけようとしたり。その人自身もまだ気づいていない、話の中の糸をたどっていったり。 その人が「ちゃんと見てもらえている」と感じられるように、その人の話を聞く。私は、そういうことが好き。 でも月曜日は、それを自分がしてもらった。 自分が誰かに与えているものが、自分に返ってきたような感覚だった。彼が話を聞いてくれた。興味を持ってくれた。私の話の中にある糸を、一緒にたどってくれた。 そして気づいた。 いつも自分が誰かのためにスペースをつくらなくてもいいんだ。ときには、誰かが自分のためにスペースをつくってくれる。自分がいつも人を支える側でいなくてもいい。それも、すごく大切なことなんだと思う。 もしかしたら、すごくいい友情って、そういうものなのかもしれない。 自分の足りない部分を埋めてくれる人でもなくて、人生を完成させてくれる人でもなくて。 ただ、「自分って、こんなに生き生きしてたんだ」と思い出させてくれる人。 だから最近、「Energy Givers(エネルギーをくれるもの)」について考えている。 人だけじゃない。海。太陽。身体を動かすこと。美味しいごはん。文章を書くこと。何かをつくること。自分の考え方を少し変えてくれるような会話。お腹が痛くなるくらい笑うこと。予定のない朝。何もかも忘れてしまうような一本の波。お気に入りのジュエリーを身につけることだって、私にとっては小さなEnergy Giverのひとつ。 着用ジュエリー:レイヤードネックレスセット(フィガロ&スネークチェーン、フランジパニチャーム) そういうものが、少しずつ自分のエネルギーを戻してくれる。 反対に、もう慣れてしまっているからという理由だけで続けていることもある。やっている最中は何とも思わないのに、終わったあとには、なぜか自分がすっかり消耗しているもの。 たぶん、大人になるって、その違いに少しずつ気づいていくことなのかもしれない。 「これって、自分にとって良いことなのかな?」だけじゃなくて、「これを終えたあと、私はどんな自分になっている?」と考えてみる。 軽くなっている? 好奇心が戻っている? もっと生きたくなっている? 何かをつくりたくなっている? 身体を動かしたくなっている? 誰かに電話したくなっている? それとも、3日くらい誰にも会わずに消えていたくなっている? それも、ちゃんと答えなんだと思う。 最近の私は、ただ「快適な人生」が欲しいわけじゃないんだと思う。 自分がちゃんと生きていると感じられる人生が欲しい。 そして、月曜日みたいに、ひとつのことが次のエネルギーを生んでいくような毎日。 ひとつのいい会話。ひとつのいい波。ひとつの美しい夕日。そこから生まれるインスピレーション。 そして、「やらなきゃ」じゃなくて、「やりたい」と思って夜まで仕事をする。 何か特別なことが起きたわけじゃない。それなのに、全部が特別だった。 もし、こんな世界が存在するなら、私がまだ出会っていないものは、他にどれくらいあるんだろう。 まだ出会っていない人。まだ知らない友情。まだ知らない愛。まだ知らない仕事。まだ知らないクリエイティビティ。まだ知らない、自分自身。 どんな人生が、この先に待っているんだろう。 今まで思っていたよりも、ずっと大きな人生が自分の前に広がっている気がする。 そして、それがすごく楽しみ。何が起こるのかは、まだわからない。どこに行くのかも。誰と出会うのかも。何をつくるのかも。 でも今は、わからないことを、わからないまま楽しんでみようと思う。 たぶん初めて、「この先どうなるんだろう」を、不安じゃなくて楽しみに思えている。

フルマラソンを走れるくらいの感覚。
今日の朝はありがとう、あなたといるとめちゃくちゃエネルギーもらえる”

